競輪選手・吉岡稔真から貰った絆を大事にする【心】

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help リーダーに追加 RSS 貴重な経験を忘れぬように〜大波 小波を乗り越えて〜(母・子合作)A

<<   作成日時 : 2008/11/17 01:04   >>

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厳しい操業実習を終え、目的地となるハワイはすぐそこ。
そんな朝日が見えた時の様子。
果てしなく続く海しか見えない場所で、他の何かが見えたら本当に嬉しいらしい。
それが太陽であっても・・
さーいよいよハワイへ上陸〜


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着いてすぐは、ここがハワイ?という風景がなかったらしいが、この車・・
これを見て「おおおーハワイ〜〜」と思ったとか
確かに・・昔、こんな感じのポスターとかカレンダーとか流行ったよね〜♪

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アラモアナ・ショッピングセンター。
ここでお土産など買ったそうだ。
アラモアナ・・口が回らない。何度言っても「アモラーナ」になる私(゚」゚)ノ

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息子がとても気に入ったという、「アロハタワー」。
やっと本人が写ってる写真だよ(^^;自分で撮影してるので、本人の写真がほとんどない(゚д゚)

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これは息子自身が一番気に入ってる写真らしい。
夜のアロハタワー。このネオンが本当に綺麗だったとか〜

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ハワイのゲーセンのUFOキャッチャー。
日本とはスケールの違う景品で、熱くなってここで、相当、金を使った子もいるとか


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楽しかったハワイもあっと言う間に終わり、日本へ向けて出発!!
帰りはあっと言う間に着いた気がしたそうだ。
三崎漁港で水揚げの様子。この時、三崎漁港にあの西川史子先生が取材かなんかでいたとか
息子「さすがは神奈川・・芸能人が漁港にいる・・」
いや、なんぼ、神奈川でも漁港に芸能人は変じゃないかぁ?珍しいよねぇ(笑)


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荷物を整理し、二ヶ月お世話になった船とお別れの時・・
お世話になった船長、船員さんが「来年の奄美大島でまた会おう!!」と大きく手を振ってた。
子ども達、全員がようやく船から降りて秋田へ帰れるとは思っただろうけど
船に対し、船員さんに対して、「ありがとう」と感謝の気持ちが全員にあったのは知っている。
そう思える子ども達に、拍手〜〜


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三崎から品川。品川から上野までの電車移動、人混み、かなり疲れたそうだ。
あめ横へ行ったりゲーセンへ行ったり、各自、自由行動で夕飯を済ませたりして、ようやく、上野発の夜行列車の時間がきた。
いよいよ生まれたところ、恋しい秋田へ出発だ〜
本当は船から降りた時点ですぐに秋田へ向かいたかったらしい(笑)
ダルそうに座ったりしてる同級生達の姿。


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こうして無事に秋田へ着きました〜

お土産とか言ってるけど、これ、ご本人の物ばかり。
Tシャツとか、ZIPPOとか、流行のマリファナ絵柄のバックル、ストラップなど・・
この真ん中のTシャツに、「アルマーニ」と書いてるんだけど・・
バッタもんだよなぁ?まさかなぁ・・


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荷物の中に紛れこんでて捨てそうになったもの。
この木の棒みたいなの・・
これ、カジキまぐろのあの先端の部分だってさ〜((+0+))
身とか全部取って、削ったものだって。
凄い先端・・。白いのは、鮫の歯だって(;゚Д゚)!!怖え〜
旦那はこれを自分に移植するんだそうだ(爆)


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そして・・
これぞ本物?本場?スーパーじゃ売ってない食えない味と言われてるまぐろ〜
瞬間冷凍された物で、いつ融ける!?てぐらい、ガッチガチに凍ってた。
これ、売ったら凄い額なんだけどと、売りたくなった(笑)


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以上が画像付きのレポです〜。

ハワイでの3日を除き、ほとんどがキツい実習だったと思う。
親がしてくれるのが当たり前の洗濯なども毎日、自分でした。
テレビも見れない、携帯の電波も届かない。
そんな海の上で二ヶ月も頑張れた子達、この先、少しぐらいの辛いことなど、簡単に乗り越えてしまえ〜!

さて・・
ハワイで、2001年に悲しい事故があった、えひめ丸の慰霊碑があって・・
そこで皆で手を合わせてきた話を聞いた。

事故当時のニュースはうっすら覚えている。
今回の慰霊碑の話を聞き、ネットで調べてみた。
なんて悲しい事故なのだと涙が出てしょうがない。
アメリカの潜水艦も憎いが、遺族が必死でお願いをして、ようやく捜索活動をしたアメリカなんて、許せないと怒りがこみ上げた。
明らかにアメリカ側に非があったのも認めつつ、メディアとかでは何の報告もないため、莫大な資金で日本人の船を捜索するとは、どういう事だ?と批判されたりもしたそうだ。
しかも、高校生が乗ってる実習船だったとかアメリカ人は、ほとんど知らないらしい。

わが子は無事にこうして帰ってきた。
でも2001年の、えひめ丸で大事なわが子を失った人がいる。
他人事ではない。他人事と思ってはいけない、人として。
あんな事故は二度とあってはいけないと思う。
日本政府も、ビシッとした姿勢で取り組んで欲しかった。

同時に息子に教えたこと。
無事に帰ってこれたのが当たり前ではない。
親元へ帰れず、大事な命をなくしてしまった人達がいる。
命を粗末にしてはいけない。大事に生きないといけないと・・
と、言うことを。

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
親元を離れ閉塞的な場所で団体生活。
ベビーな体験です!
よくぞ乗りきって無事に帰ってきました(*^^*)

貴重な思い出が合作のレポートになって、これまた凄い!
いい母子だ(*^-^*)
あ、父さんもね(笑)
ニャー
2008/11/17 17:36
大起へ
お母さん 良い事言うね〜
>無事に帰ってこれたのが当たり前ではない。
>親元へ帰れず、大事な命をなくしてしまった人達がいる。

何事も当たり前なことは、無い!
その日・その日を しっかり生きること!!

俺だって 今 生きてることが、どれだけ奇跡ナことか・・・・

俺一人では、今の俺は無い!
周りの人たちの(影ながらの)応援(助け?)が
有ればこその俺がある!!

何事にも、感謝を忘れずに・・・
競輪キング
2008/11/17 23:34
>ニャーさん
実際に、その閉鎖的な時間に耐えられず、大変な事が数十年前に起こった話を、ニャーさんには教えていたけれど・・
そういうメンタルの部分でやっぱり心配だったなぁ。
うちの子は順応性があるほうなので、乗り切れるとは思っていたけれど、周りがそうではないし、
やっぱり、イラついて争いを起こした子とかもいたみたい。
もしも自分なら?と思えば、おかしくなってしまうのもわかる、わかる。
合作レポート・・いちいち画像と名称とエピソードを聞きながらまとめて
暗記出来ない私

>競輪キングさん
いいことは言うらしいが、言ってる本人(母)はたいしたことない人間らしい

何でも「当たり前」で済ますと、何の有り難味もない。
生きてる時点でそれは奇跡と私は思いたいな〜
また子には、そうしてずっと教えていきたいと思っているし。
一人じゃなく、必ず周りの支えがあって、人は大きくなり、前に進んでいけるんだよね〜
淳子
2008/11/18 01:11
出発の朝、彼に「何かひとつ成長して戻ってきて…」みたいなメールを送りました。
日報てみる限り 今までの彼そのまんまみたいな書き方されてますが、きっと何かひとつ いやふたつみっつそれ以上成長して帰ってきてるでしょう。
直接に顔を会わせる事はないかも知れませんが これからもサイトを通じて彼の成長を私達も見届けたいです。
コタカ
2008/11/19 11:43
>コタカさん
あの朝、「おーー!成長してくるぜ〜」とか言ってた子だけど、見てて・・
小さい面だけど、あら?ってとこは見える・・
見た目なら、横に成長して帰ってきて、少し太ったかも?

直接顔??
あら、わからんよ〜
近いうち、会うことになるかもしれないじゃーん☆

それは置いておいて〜
12月2日に大阪へ修学旅行へ行くので、会うことはないだろうけど、会ったらヨロシク(笑)
USJも行くって〜
淳子
2008/11/19 15:58

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